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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1318号 判決 1958年5月16日

控訴人 国

訴訟代理人 堀内恒雄 外二名

被控訴人 佐藤庄吾 外一名

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

被控訴人佐藤庄吾は、東京都台東区小島町一丁目二五番地(登記簿上東京都浅草区芝崎町一丁目三番地)小林重太郎に対七一,別紙目録記載の建物について東京法務局台東出張所昭和三十年七月四日受附第一三八五一号でなされた同月二日の売買を原因とする所有権取得登記の抹消登記申請の手続をせよ。

被控訴人飯田俊雄は、右小林重太郎に対し、別紙目録記載の建物について東京法務局台東出張所昭和三十年七月四日受附第一三八五〇号でなされた昭和十九年十月十八日家督相続による所有権取得登記の抹消登記申請の手続及び同法務局出張所昭和二十九年六月二十一日受附第一三六七五号で東京地方裁判所の和解を原因として抹消された同出張所昭和二十年十月十五日受附第二三五三号でなされた右小林重太郎の同日の売買を原因とする所有権取得登記の回復登記申請の手続をせよ。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人及び被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに立証は、控訴代理人において、

一、控訴人が訴外小林に代位して回復登記申請をなしその登記を受けるためには、被控訴人両名の取得登記を抹消することが、登記簿上必要である。本件建物については被控訴人飯田の家督相続による取得登記と、同人より被控訴人佐藤に対する移転登記がなされており、現在の登記名義人は被控訴人佐藤であるから、登記官吏において抹消された訴外小林重太郎の所有権取得登記の回復登記申請を現状のままにおいて受理し、右回復登記がなされれば同一建物について取得原因を異にする所有権取得登記が二重に存する結果となる。

これは二重登記を禁忌する不動産登記法の精神に反するもので、登記官吏は控訴人が原判決の謄本を添付してする回復登記申請を却下しなければならないものである。

二、控訴人が回復登記手続のみを求めるとしても、被控訴人佐藤は不動産登記法第六十五条の「登記上利害の関係を有する第三者」に該当することが考えられるから、右回復登記の申請には、被控訴人佐藤の登記承諾書又は同人に対抗することを得べき裁判の謄本を要するものと考えられる。

三、本件建物の所有権は訴外小林から差押後訴外氏田に移転したが、右氏田の取得登記が抹消されたのみならず、右小林の取得登記も違法に抹消された上、小林の前主である被控訴人飯田の先代飯田省吾から右飯田に家督相続による移転の登記がなされ、次いで被控訴人佐藤に移転した旨の登記がなされたものであるから、前記小林に対する差押による登記ならびに公売処分による落札人への移転登記の際にも、被控訴人佐藤の取得登記は職権で抹消されないのである。従つて、落札人は、訴を提起してその抹消を求める必要が生じ、代位権を行使する控訴人においても当然訴により判決を得る必要があるのである。

と述べ、被控訴人及被控訴代理人において

一、民法第四百二十三条の債権者の代位権は、債務者がその権利を行使しないときに限り行使し得るものであり、本件訴訟提起の後訴外小林重太郎は被控訴人に対し訴を提起し、昭和三十二年(ワ)第八五五号事件として東京地方裁判所に係属中であるので、控訴人はも早代位権を行使することができないものである。

二、控訴人は、その請求する回復登記の請求が、原判決において、認容されたのであるから、控訴する権利のないものである。

と述べたほか、いずれも原判決の事実摘示と同一であるのでこれをここに引用する。

理由

一、被控訴人らは、控訴人には控訴権がなく本件控訴は不適法であると主張するが、本件記録によれば、原審における控訴人の請求は、控訴人主張の回復登記手続を求める請求と被控訴人らの取得登記の抹消手続を求める請求とであつて、原審においては後者の請求が棄却されたので、控訴人は原判決中この部分の取り消しを求めるため控訴期間内に控訴を提起したことが明らかであるので、本件控訴は適法であり、この点の被控訴人らの主張は採用し難い。

二、次に、被控訴人らは、訴外小林重太郎は、控訴人が本件訴訟を提記した後、被控訴人らを被告として東京地方裁判所に被控訴人らの取得登記の抹消登記手続を求める訴を提起したので控訴人はも早右小林重太郎に代位するとはできないものであると主張するが、本件訴訟の提起の後に債務者である前記小林重太郎から同様の訴訟が提起された場合には、右小林の提起した訴訟が重複訴訟として禁止されるところであつて、その訴は当然に不適法であり却下されるべきものであるから、右小林の訴の提起は本件訴訟に対する代位権行使の要件を欠缺せしめるものでないので、この点の被控訴人らの主張も採用し難い。

三、よつて、控訴人の主張につき案ずるに、

(一)  控訴人主張の建物がもと訴外飯田省吾の所有であつたこと及び右建物につき、昭和二十年十月十五日右飯田省吾から訴外小林重太郎に所有権が移転した旨の登記のなされたことは、当事者間に争なく、成立に争のない甲第一号証と原審における証人小林重太郎の証言によれば、右移転登記の当時すでに前記飯田省吾は死亡し、被控訴人飯田が家督相続により右建物を所有していたこと、前記小林重太郎は昭和二十年十月十五日頃被控訴人飯田から右建物を買い受けたが、右建物の登記名義が飯田省吾名義であつたので、同人から直接小林重太郎に移転した如く登記をなしたことを認めることができ、かような登記真実の権利関係を表示している限り無効とは言えない。

(二)  控訴人が、前記小林重太郎の滞納税金のため、昭和二十五年十月二十五日右建物の差押をなし同年十一月十五日その旨の登記を経たこと、前記小林重太郎がその後昭和二十六年十一月十九日右建物を訴外氏田万三郎に売り渡し同月二十日その旨の登記を経たことは当事者間に争のないところである。

(三)  被控訴人飯田が前記氏田万三郎を被告として訴を提起し、昭和二十九年三月一日右両者間に裁判上の和解が成立し、氏田万三郎が被控訴人飯田に対し、小林重太郎の前記建物の所有権取得の無効なること及び自らの前記建物の所有権取得の無効なることを認め、その移転登記の抹消登記手続をなすことを約したこと、被控訴人飯田が、右和解調書の正本に基き昭和二十九年六月二十一日抹消登記の申請をなしたところ、前記氏田万三郎の所有権取得登記のみならず前記小林重太郎の所有権取得登記も抹消されたこと、被控訴人飯田がその後昭和三十年七月四日前記建物につき相続による所有権取得登記をなし、同日被控訴人佐藤に移転登記をなしたことは、当事者間に争のないところである。しかして、抹消登記の登記義務者は、抹消されるべき登記の登記名義人であるところ、前記小林重太郎の所有権取得登記の抹消登記においては、右小林重太郎が登記義務者であり、被控訴人飯田と前記氏田万三郎との間の前記和解の効力は、その当事者でない小林重太郎には及ばないことが明らかであるので、前記和解調書の正本に基いてなされた前記小林重太郎の所有権取得登記の抹消手続は違法であり、前記事実によれば、右抹消登記は実体関係と一致しない無効のものであるといわねばならない。従つて、小林重太郎は、抹消登記によつて登記簿上の権利者となつた飯田省吾の相続人である被控訴人飯田に対し、右抹消登記の回復登記手続を求め得るものといわねばならない。被控訴人らは前記抹消登記の登記義務者は小林重太郎でなく氏田万三郎であるので、前記抹消登記手続は適法であると主張するが、前記の如く、抹消登記の登記義務者は抹消せらるべき登記の登記名義人であると解すべきであるから、被控訴人らの右主張は採用し難い。しかして、抹消登記が実体関係を伴わないため無効であるときは、抹消の効力を生じないのであるから、抹消された登記は抹消されないものとして依然その効力を有するものと解せられるので(大正十年(オ)第九一四号大正十二年七月七日大審院判決参照)、前記事実関係においては、小林重太郎は、前記抹消登記後前記建物につき権利を取得し、その登記を経たものに対し、前記所有権取得登記の効力を主張し得るのであり、登記簿上前記建物の所有権を取得したものとされる被控訴人飯田及び被控訴人佐藤に対し、右登記の効力を主張し得ること勿論であり、被控訴人らは小林重太郎の右所有権取得登記の不存在を主張することができない。従つて、被控訴人らが被控訴人らの取得登記の如く前記建物の所有権を取得するには右小林重太郎から取得するか、小林重太郎と前主との売買を無効としその前主から取得するほかないところ、控訴人が前記建物を差押えその登記を経ていることは前記のとおりであり、小林重太郎と前主との売買が無効であることを認める証拠がないので、小林重太郎から前記建物の所有権を他に移転することは、差押債権者である控訴人に対抗し得ないものであるから、前記建物は右小林重太郎の所有に属するものとなすべきものであるので、かような事実関係のもとにおいては、被控訴人らの右取得登記はいずれも実体関係の伴わない無効の登記というのほかなく、たとえ被控訴人飯田が前記氏田万三郎から前記建物の所有権を取得し、その移転登記を経るにかえて前記のように抹消登記をなし移転登記をなしたとしても、前記小林重太郎から前記氏田万三郎への所有権の移転が、差押債権者である控訴人に対抗し得ない以上、被控訴人らの前記取得登記は実体関係を伴わない無効のものというのほかないので、差押債権者である控訴人に対する関係においては前記建物の所有者である小林重太郎は、被控訴人らに対し、それぞれその取得登記の抹消登記手続を求め得るものといわねばならない。被控訴人らは、小林重太郎は前記建物を氏田万三郎に移転し、その所有権を有しないので抹消登記を求め得ないと主張するが、右移転が差押債権者である控訴人に対抗できないことは前記のとおりであるから、控訴人が差押の効力を主張し右移転を否定するからには、小林重太郎は前記建物の所有者というのほかなく、被控訴人らのこの点の主張は採用し難い。

(四)  よつて代位権の行使につき案ずるに、控訴人が小林重太郎に対し、滞納税金の債権を有し、これに基いて前記建物の差押をなしその登記を経たことは前記のとおりであるので、前記事実関係に照らせば、控訴人は右差押の効力を維持しその債権を保全するため、小林重太郎に代位して、被控訴人飯田に対し前記抹消登記回復登記手続を求め得べく、また、被控訴人らの前記取得登記が存する限り、右差押の効力が争われ、かつ、前記建物の所有権が被控訴人らによつて否定されるので、控訴人は、これらを排除してその債権の保全をはかる必要あるものと考えられるので、控訴人は、前記小林重太郎に代位して、被控訴人飯田及び被控訴人佐藤に対し、それぞれその取得登記の抹消登記手続を求め得るものといわねばならない。

四、然らば、控訴人の本訴請求は、すべて正当としてこれを認容すべきものであるので、原判決中控訴人敗訴の部分を取り消し、控訴人の請求を認容し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条第九十三条第九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡咲恕一 脇屋寿夫 亀山脩平)

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